教師目指すならロシア・ベスラン学校占拠事件のアリコワ先生を見習え。




 

ロシア・ベスラン学校占拠事件を知っていますか?

ベスラン学校占拠事件(ベスランがっこうせんきょじけん)は、2004年9月1日から9月3日にかけてロシアの北オセチア共和国ベスラン市のベスラン第一中等学校で、チェチェン共和国独立派を中心とする多国籍の武装集団(約30名)によって起こされた占拠事件。
9月1日に実行された占拠により、7歳から18歳の少年少女とその保護者、1181人が人質となった。3日間の膠着状態ののち、9月3日に犯人グループと治安部隊との間で銃撃戦が行われ、治安部隊が建物を制圧し事件は終了したものの、386人以上が死亡[1](うち186人が子供[2])、負傷者700人以上という犠牲を出す大惨事となった。
wikipedia

2004年、学校に立てこもり生徒を人質に起ったテロ事件。なんかチェチェン人が独立するとかしないとかで、ロシア当局側の間で対立してたみたい。

人質がまだ小学生の生徒なものだから、
たくさんのこどもたちが亡くなりました。

でも中には助かったひとたちもいたんです。
あまり報道にでていませんが、
その人々が助かるために、大きな働きかけをした一人の女性教師いたんです。

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Center for Teaching Vander

アリコワ先生は、その学校で教師として勤めていた20代の若い女性。
2004年9月1日、突然武装したひとたちが銃を持って学校へ襲撃。

人質になった人は、教師含め子供、その他大人や、中には妊婦や産後すぐの女性もいた。
7歳から18歳の少年少女、生後間もない赤ちゃんやその保護者の1000人ほどといわれている。

テロ集団は人質を囲み、逃げられないよう包囲した。
人質の横には逃げられないよう、体育館に寿司詰め状態にされ、その近くに爆薬がつまれていた。これは下手な真似をすれば人質とも爆弾で吹っ飛ばすという脅し用にも使われていた爆薬である。
この爆薬がのちに悲劇を生むことになる。

人質たちは寄り添ってかたまり過ごしていたが、
充分な食事や水分も与えられず、排泄もままならない状況であった。

人の体は1日水分を摂取しないと大変危険な状態であるが、威嚇するテロ集団を恐れ誰も声をあげられなかった。

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Israel Defense Forces

 

アリコワ先生は脱水症状や栄養状態が悪くなり、弱っていく子供をみて、様々な提案をした。

アリコワ先生の提案で、産後すぐの女性の母乳を子供たちに飲ませ、大人にも飲ませた。
これは脱水や栄養状態低下で、人質の命をつなぎとめるための行為だった。

その後一人の女性の母乳だけで足りず、
アリコワ先生は靴に生徒たちの尿をいれ、
飲んでみせた。そしてそれを子供たちに飲むよう教え、
実際に飲ませた。
この指導があり、3日間立てこもり、ほとんど食事や水分を与えられなかった人質たちは、命をつなぎとめることができた。

人質は脱水や体力低下で意識が薄れ、精神状態も崩壊してきていた。
死を意識し絶望的なことをいう人が多かったとのこと。
でもアリコワ先生は「死んだらダメ!生きなさい!!」と励まし続けたという。

緊張高まる中、アリコワ先生はテロ集団に立ち上がり、交渉に入った。
「みんなに十分な食事や水分を与えてほしい。人質が
弱ったり、死んだりしてしまえばあなたたちにとっても不利なことになる」
と交渉にでた。

テロ集団は始め交渉を受け入れなかったが、
アリコワ先生に説得され、少量の水分と食事を与えてくれるようになった。

立てこもり3日目の9月3日、
体育館は多くの警察部隊や、人質にとられた子供たちの親や親せきで囲まれていた。
人質にとられた子供の親は殺気だっている。
負傷者を出さぬよう、警察は慎重にテロ犯人と交渉に入るが、親の一人が緊張状態から威嚇して銃を射撃してしまった。

その銃声を皮切に、
体育館側のテロ犯と周囲の警察と親が激しい銃撃戦を起こすことになる。

アリコワ先生は振り返らず
一気に逃げるよう子供たちを指導、
子供たちは銃撃戦のなか、一斉に体育館から飛び出した。

その後すぐにトロ犯は爆薬に火をつけ、
体育館は爆破。

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Kevin Dooley

アリコワ先生は子供たちは立ち上がらせ
送り出してその場に残っていたため、爆死した。

銃撃戦のなか、流れ弾で死んだ子供は
200人近くといわれる。

ただその中で、生存したこどもも多く、
その子供たちはあのときアリコワ先生の指示で、
一気に体育館から飛び出た生徒たちだった。

恐らく体育館から飛び出すことが
あと少しおそければ、
体育館爆発により死亡者は増えていただろう。

その後生存した生徒たちは、
アリコワ先生に救われたことを心によくとめていて、
教師や医師を目指して勉強に励んでいると
報道されていた。

図2

photo by  wikipedia

 

■教師とは何を教えるためにいるのか

わたしがアリコワ先生をしったとき、
「教師とは何を教えるためにいるのか」ということです。

勉強したことはすぐ忘れてしまうけど、
人生で大切なことを教えてくれた教師の教えとは、
一生忘れられないものになるんでしょうね。

ときに教師の発言や行動が、
生徒の人生を変えてしまうことだってありえるんですから。

大変な職業です。
でもこんな体を張ってなにかを教えられる先生が
たくさんいたら、
世の中もっといいものになるのかもしれない。


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