世界歴史に残る凶悪事件簿TOP3




 

はじめに

日本にも世界にも凶悪事件はいくつも存在しますが、少年も凶悪な事件を起こすことがあります。
日本でも酒鬼薔薇事件をきっかけとして少年犯罪とその処罰について議論がされてきました。
あまりに未熟な青少年たちが犯した凶悪事件をご紹介します。

 

 

マリーベル事件

1968年にイギリスで起きた殺人事件です。
犯人は事件当時10歳だった少女、マリー・ベルで、3歳と4歳の男児を殺害しました。
メアリーベル事件とも言われています。
彼女はとても頭が良く、はじめに友人の少女を共犯にして4歳の男児を殺害し、それが事故死として処理されたことに反発し、保育所を荒らして警察に「けいさつのこしぬけめ。
またやる」といった内容のメモを残しました。
男児の死が殺人だったことをほのめかす内容でしたが警察はこれをいたずらだと判断しました。
第一殺人が起こった2ヶ月後に3歳の男児が殺害され、その際に警察の尋問を受けたマリー・ベルが、犯人しか知り得ない内容の供述をしたため逮捕されました 事件当時の年齢が10歳だったことから治療終了後に釈放という不定期刑になりました。
22歳で仮釈放されその4年後に女児を出産しています。
1977年に刑務所から脱獄しますが、3日後に捕まえられています。
1980年に出所して名前を変えて暮らしていましたが子供の成人を機に実名で本も出版しています。
その時一人娘は母親の過去を許したそうですが、本で多額の報酬を受け取ったことからマスコミによって批判されました。
メアリーは17歳のシングルマザーの元に生まれ、父親は不明でうまれた我が子を見た瞬間に「それをどこかに片付けてちょうだい!」と叫んだと言います。
母親の愛情を知らずに育ち、劣悪な環境で育ったことが原因ではないかと言われています。

メアリーベルの写真

 

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少年二人による誘拐殺人事件

1993年にイギリスで起きた、少年二人による誘拐殺人事件です。
当時10歳と11歳だった少年二人がショッピングモールで2歳の男の子を誘拐しました。
性的ないたずらをした後に撲殺し、電車の線路に遺体を置いて逃走しました。
遺体は真っ二つにわれ、事件が発覚します。
監視カメラから二人の犯行だと判明し、裁判となりました。
裁判は成人と同じ手続きで行われたと言います。
加害者は他の未成年触法者を裁く裁判のように両親の隣に座ることは許されず、1人で被告人席に座ることになりました。
その後二人は罪を認めたものの、動機は明らかになっていません。
警備施設に入れられ精神治療が施されました。
両者とも悲惨な家庭環境で育っており、そのことが原因の一つではないかとも言われています。
英国法務省は事件の残酷性や世間に与えた衝撃を考慮して両名の顔写真・経歴・本名の公開を許可し、裁判終了後には加害者少年二人が逮捕された直後の顔写真まで公開しました。
少年二人は少年院内での素行の良さが認められ、新しい身分が与えられて2001年に釈放されました。
その際にイギリスでは大規模な反対運動が起こりました。
また、被害者家族に対しては政府から7500ポンドの見舞金が支払われましたが夫妻は事件後すぐに離婚しています。

少年二人による誘拐殺人事件 ジョン ロバート

加害者のジョンとロバート
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ホロコーストマン

1973年にイギリスで起こった事件です。
少年は9歳の時にショッピングモールに放火したのを歯切りに13歳の時に放火殺人を行い、17歳には老人ホームに放火し11人を死亡させました。
なんと逮捕されるまでに合計26人を殺害しており、通称「ホロコーストマン」と呼ばれています。
彼は生まれつき右手に障害を持ち、売春婦であった母親に捨てられて施設で生活していました。
そのせいか劣等感を持って成長し、初めて放火して以来、「火のことしか考えていない」ようになったと言います。
また、「火で全てを支配する」と思い込んでいたようです。
逮捕された後は「責任はすべて母親にある」とも供述しています。
彼は強いものへの憧れからブルースリーに憧れ、ブルースリーと改名までしました。
2015年現在もまだ精神隔離施設に収容されています。

ピーター・ジョージ・ディンスデール

加害者:ピーター・ジョージ・ディンスデール

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